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心配はしている。けれど勇気が出せない。

   

文字通り。というか、記事タイトルが、この記事を書こうとした理由に近いかな。

ある人のツイートを見ていて、助けたくなった。
けれど、勇気が出せなかった。
モヤモヤして、少し脳内会話した。
で、これから書くのは、
そのある人に対する気持ち的な要素が強いだろうけど、
・・・「だろう」というか、もうその人に伝えるつもりで、
けれどその人以外の人にも向けた文章を書くつもりで書く。
表に出さないよりは、マシだよね。

休みたいなら、休めばいいと思う。
大事なのは、心だから。
心がなければ、ある意味死んだも同然だと、僕は思っている。

辞めたいなら、辞めればいいと思う。
もしかしたら止める人がいるかもしれない。
僕も、辞めようとする誰かを止めたくなるときだってあった。

無理しすぎないことも大事だと、僕は思っている。
無理し過ぎたら、そのぶん壊れやすくなるだろうから。
無理し続けたら、壊れる日が更に近づくだろうから。

最終的な選択は本人に任せる
この世からいなくなろうとするのも、本人次第。
ただ、僕の本心としては・・・この世からいなくならないでほしい。

もしこの世からいなくなれば・・・
きっと、あなたと関係を持ってる誰かが、
悲しむかもしれない。
たとえ、悲しむ人がいなかったとしても、
残念がったりする人はいるかもしれない。

・・・
・・・・・・
更に書きたいことあったけど書こうか迷ってやめた。
書いてて気づいたら詩っぽくなった。
詩っぽい感じのまま書こうとしたから迷ってやめた
まぁそんなことはおいといて・・・、
僕は、「きっと未来で良いことがまってる」と強く信じて生きてる。
もちろん、今まで嫌なこともあったさ
けれど、今まで生きてきたから、
数年前の僕には予想できなかったことが起きたし、
生きててよかったと思えることもあった。

僕は、生物というもので言えば人だ、人間だ。
人間という存在はこの世に億単位で存在している。
けれど、僕という存在と全く同じ存在は存在しない。
いくら同じ趣味の人、同じ考えをもった人がいたとしても、
どんなに僕に近い存在がいたとしても、「≒」にはなっても「=」にはならない
だから、僕がいた場合といなかった場合とで、世界に大きな違いがでていたかもしれない。
あなたが生きれば、あなたがいなかった場合とで、大きな違いがでていたかもしれない。
あなたの代わりなんてこの世にいないんだ。
あなたはあなた、僕は僕。
あなたは僕ではない、僕はあなたではない。
誰にだってできることはあるだろう、
けれど、あなたにしかできないことも、きっとある
可能なら、生きることに可能性をかけてみようよ
生きててよかったって思えるときが、くるかもしれないよ