日常
進路
(※過去になるほどうろ覚え)
中学生の頃、最初は高校進学に関しては全く興味なく、
中学校卒業したら、20歳までにプログラミング言語をできるだけ多く使えるようになることを目標にプログラミング言語を独学で学んで、IT系の会社で働こうと思ってた。
で、その後、色々あって流れに流されて、とりあえず高校進学することになった
最終的に、自分を変えるため*1と、中学で勉強してこなかったぶんを少しでも穴埋めするためという2つの目的で、高校進学することになった。
で、そして高校生になり、最近は大学進学に関しての悩みもでてきた。
前々から学びたかった心理学のために進学するか・・・
プログラマーになるために進学するか・・・
それとも進学せずに独学で学んだりするか・・・
僕の性格などを考慮すれば、
無理かもしれないし、大学によってはそれでもいけるかもしれないし・・・
無理だと思ってたことが無理じゃなかったってことも考えられるし・・・
「やってみなきゃわからない」だし・・・
人生に大きく関わることだし・・・
悩むよなぁ・・・
Read moreあけましておめでとう! 今年もよろしく!
久しぶりにポケモンの歌も聞いてる 「Ready Go!」は隠れた名曲だと思うし、個人的におすすめ あけましておめでとう!!! 今年もよろしく!!! と Read more
自殺 生死 言葉
最初に言っとくけど、これはあくまで僕の考えで、
完全に信じることはせず、そうするくらいなら参考程度に読んでもらってほしい。(それ以下でもいい。)
意見とかは(他のブログ記事に関してももそうなんだけど)自由にしてね。
僕に意見とかするのはツイッターとかでもいいんだけど、
できればブログ記事の下のコメントのとこにしてほしい。
また見直すときがあるかもしれないし、ツイッターだと埋もれちゃうからね。
それじゃ本文へ
自殺しようとする人を助けるために使う言葉って、
生きたほうが得するよみたいな感じの言葉が使われることが多いよね
そういう言葉は、僕は「生きたい」という気持ちがまだ残ってる人にしか効果がないと思うんだよね
で、その気持ちがのこってる人に使ったとしても、その効果はあんまない気もする。
自殺志願者の心から「生きたい」という気持ちがなくなり、「死にたい」という気持ちしかなくなったら、助ける方法は・・・、ないかもしれない。
もし助けられるんであれば、とにかく、助けたい人の手で直接助けようとするしかない。
「生きてほしい」とか「死なないで」とかみたいな
一方的な言葉は、僕はおすすめしないかな。
ほぼ無意味というか、
ただの時間稼ぎにしかならないだろうし、
更に負担をかけることにもなると思う。
自殺志願者は"死にたい"んだよ
自殺志願者は"生きたって得しない"みたいな感じに思い込んでるんだよ
じゃあ何故「生きたって得しない」と思ってしまうのか
それは人によって様々なんだけど、
僕の場合は、「才能も何もなく、のんびり屋、面倒くさがり屋、いじめられっ子で、宿題をきちんと終わらすことができず、朝に宿題と朝に弱いの2つで遅刻することは日常茶飯事で・・・何一ついいところがなく、面倒くさがり屋だから将来仕事で働けるわけがない」、一言で表せば「自分はダメ人間なんだ・・・」みたいな感じだったかな。*1
自分のダメなところしか思い浮かばないような思考になってる。
どうすれば助けられるのか
正確な答えは出せないし、正解もそりゃないけど、
話し合うことは大事だと思う。
ただ、しつこくやるのはNGかなと思うし、
「あなたのためにやってるのよ」みたいな言葉もNGかなと思う。
無題
今月24日、色々やった*1あとの学校からの帰りで、友達のことで考えてるときに、(最近ヤフー知恵袋で回答したことを思い出したこともあって)ふと思いついて、家に帰ったら書こうと思ってたんだけど、
何の記事タイトルにしようと決めてたか忘れちゃったから、とりあえずこれで。
自殺を考えてる人を
「死んじゃダメ」で救えると思ってるんだろうか
「皆も頑張ってるんだから君も頑張ろう」で救えると思ってるんだろうか
・・・
すぐに思いつくような言葉で救えることはできるんだろうか・・・
よく考えてみてほしい。
言葉はときとして
違った意味で受け取られてしまうことも、
かえって逆効果になってしまうこともある。
冗談で言ったつもりでも、それを真に受けてしまう人もいる。
「言われて嫌なことは言わない」
これはこれで確かにそうなんだけど、
もし「自分にとって『言われても嫌ではないこと』が、相手にとっては『言われて嫌なこと』」だったりしたら・・・
もし「この言葉なら救える」と思って相手に言ったのに、結局救えなかったら・・・。
人って、双子とか三つ子とかであっても、
環境の違いとか、親の接し方の違いとか、ちょっとしたことで微妙に違ってきたりすると思うんだよね
だから、全く同じ人というのはまずいないと思う。
クローンであっても。
人の気持ちとか心とかを、話したりせずに簡単に読み取ることはまず無理といえると思う。
だからまずは、一方的な言葉で助けようとするよりも、話してもらう、
話しあうことで助けてみようとすることが先決だと思う。
自分は相手に話してもらうことで情報収集をする
相手は自分に話すことによって、ある程度気持ちが緩和されると思う。
得た情報から適切だと思う言葉を慎重に選び、組み立てる
相手の性格、考え、特徴、最近の状態などを考慮しながら。
余裕があるなら(時間はかかっても)そうすることはできるだろうけど、
余裕がなく急ぐべきときがあると思う
そのときには、とにかく相手の「言われて嫌なこと」を言わないことを重視して言葉選びを急ぎつつ慎重にやっていく必要があると思う
相手にトドメを刺すような言葉になってしまわないように、
言葉選びは慎重に。
「大丈夫」、「頑張れ」
悩みまくってたりする人には、(記事タイトルにある)この言葉はできるだけ使わないようにしてる。
それが何故なのかは、分かる人もいるかもね。
本当は大丈夫じゃない人や本当は頑張りたくても頑張れない人やこれ以上は頑張れない人などで、特に人に心配かけたくない人やあまり強くはないのに強くいようとする人とかに「大丈夫?」って聞いたり「頑張れ」と言ったりして、
結果的に、「大丈夫?」って聞かれたり「頑張れ」と言われた人を更に追い込ませるようなことになってしまうこともあると思う。
僕は、意図せずともそうなってしまうのは、できれば避けたい。
だからといって「使うな」とまでは言わないし、
使わないようにするのも難しいよね。
それに、「大丈夫」や「頑張れ」の代わりの言葉を見つけるのも難しいかもね。
じゃあどうすればいいんだろう・・・
僕が現時点で出せる答えは、その時に合った代わりの言葉をひたすら探すしかない…かな。
プログラマーの道、心理学の道
最近、
進むべき道、進路のことで迷うことが多くなってきた
中学生の頃から心理学学びたいとは思ってたけど、
中学生の頃はそれでも「プログラマーの道に進みたい」という気持ちのほうが強くて、
プログラマーの道に進むと決めてた。
で、最近、あることをキッカケに、心理学の道に進みたいという気持ちも強くなってきた。
なんで迷うことが多くなってきたのかというと、
以前行った和光大学のこともそうなんだけど、それよりも大きいのが、
コミュ障なとこを除けば、いつでも助けられるような状態でいるつもりだったのに、
いざとなると良い提案とかが思い浮かばなくて、結局助けることができていないことに気づいたから。
プログラマーでも心理学のほうでも、メリットやデメリット(個人的なものとか家計的なものとか辺りの。)はある
独学でやっていってもいいだろうけど、面倒くさがり屋な自分が、集中して独学なんてできるんだろうか
気が向いたらやるって感じでやったとしても、長続きするんだろうか
C言語本2冊、Java本1冊、Ruby本1冊、サーバー入門本1冊持ってるけど、どれも最後までやっていない
・・・
・・・・・・
このブログ記事を書いてるとき、脳内に「高校中退」という選択肢が入ってきたけど、すぐに消した
できれば高校は中退したくない
楽しいから、進路のためだけにやめたくないし、
中途半端にやめたくないよ
はやめに心理学の勉強はじめたいとは思う
だけど、自分の面倒くさがり屋なとこが、そうはさせてくれない
・・・って、性格のせいにするのもアレだよね。
変えてく必要があると思うとこは変えていかないといけないだろうね。
・・・
・・・・・・
ここまで書いててなんだけど、
やっぱプログラマーの道を選びつつ、
心理学を独学で勉強する感じにしようかな
長続きするかどうかは分からないけど、
「やってみなきゃ分からない」だよね、
・・・やってみる。
友達
出会いは別れの始まり
現在友達になっている人とも、いつか別れる日がくるのかなと思うと、
寂しくなってくるね
友達ができたばかりの頃、
友達がいないということに慣れていたせいもあって、
最初は「いつかは別れてしまう」ということに抵抗はあまりなかった*1けど、
最近は、先ほど書いたように、寂しくなってくるというか、抵抗がある
だからといって、その「いつかは別れてしまうかもしれないということの寂しさ」とかで友達を縛るわけにもいかないよね
だから、「いつでも僕から離れていってもいい。」というのは一応僕の中に今でも存在する。
いつ別れてしまってもいいように、心の準備は、・・・しておかないとね。
小学生の頃の僕にも一応友達は居たけど、
その頃の僕も、友達と別れることは寂しかったのかなぁ・・・
正直よく覚えてないけどね。
因みに中学生の頃の僕には友達は居なかった。
ある日、女子生徒と友達になれるきっかけが目に見える形で存在していた気もしたけど、
本当に存在していたなら、その時の僕はその「女子生徒と友達になれるきっかけ」のきっかけをつくらなかったと言える。
前にも言ったかもしれないけど、当時の僕は、同じ中学校に通う生徒と会うのが苦手というか、嫌だったからね。
何故そのきっかけをつくらなかったかの理由みたいなものは、以前ブログに書いた気がする。
変化 人と言葉と場所
2つ書くけど、一応1つに繋げるような感じで書く。
変化
自分を変えるって、難しいよね
急ぎすぎて、自分を責めたりしてしまうことだってあると思う
僕は、余裕がなければ自分を変えることは本当に難しくなると思ってる
余裕があれば、自分を変えることができると思う。
余裕は、気持ち的な余裕ね
余裕がなければ、今を生きることが精一杯になったりして、なかなか変えられないんじゃないかなと思う
気持ち的に余裕があるようにするための方法は人それぞれの状況などで違ってくると思うけど、
僕の場合は、のんびりできるような時間があることかな。
実際、不登校になったことにより(気持ち的に余裕がなくなってる大きな原因である)いじめられたりすることがなくなって、自由な時間ができて、その自由な時間で考えまくることができたりしたしね。
人と言葉と場所
人と会って話すことって、大事だと思う
リアルでのコミュニケーション的な意味ではそりゃそうだろうし、コミュ障な部分の解消に役立つと思うんだけど、
僕がこの記事で書きたいのはそっちじゃない。
人と会って話すことによって、その人の価値観や考えなどを知ることができたり、知ることによって自分を変える方法が分かってきたり、自分の中に既に存在した意見を改良できたりすると思う
視点を自分から相手に変えても同じ。
人と会うのはリアルじゃなくてもいい、ネット上でだっていい。
ある意味、ブログとかでもいいし、ゲームでもいいし、テレビでもいいし、アニメでもいい。
人と会って話すことは新たな道を見つけることにも繋がると思う
人と会って話すだけでなく、ただどこか行ってみるだけでもいいと思う
場所を見て、ふと何か思えば、そこから考えることだってできると思う
自分に影響を与えるのは、言葉だけじゃなく、場所もそう。
場所というか、その場の環境だって、人を変えることがあるものの一つ。
人を変えることがあるだけでなく、何かの答えが出せることのあるものの一つでもある
悩み事の答えとか、ね